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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)14496号 判決

原告

浦啓一

ほか二名

被告

河村武人

主文

一  被告は原告浦啓一に対し、金二二〇六万三八九四円及び内金二〇五六万三八九四円に対する昭和五六年九月七日から、内金一五〇万円に対する同年一二月一七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告浦美智子に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五六年九月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告浦啓一のその余の請求を棄却する。

四  原告浦久造の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告浦啓一と被告との間においては、原告浦啓一に生じた費用の二分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告浦美智子と被告との間においてはすべて被告の負担とし、原告浦久造と被告との間においてはすべて原告浦久造の負担とする。

六  この判決は、原告浦啓一及び原告浦美智子勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告浦啓一に対し、金五〇六二万二六八五円及び内金四七六二万二六八五円に対する昭和五六年九月七日から、内金三〇〇万円に対する同年一二月一七日から各完済まで年五分の割合による金員を、原告浦美智子に対し金二〇〇万円、原告浦久造に対し金一〇〇万円、及び右各金員に対する昭和五六年九月七日から各完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五六年九月五日午前一〇時〇三分ころ、東京都東大和市上北台一丁目九五六番地先交差点において、訴外浦尚子(以下、亡尚子という)が自転車に乗つて横断歩道上を進行中、対向方向から右折してきた訴外池田高司(以下、訴外池田という)運転の普通貨物自動車(多摩一一す八六七〇、以下、本件車両という)が右自転車の側面に衝突し、これにより、亡尚子は路上に転倒させられ、翌日脳挫傷等により死亡した(以下、本件事故という)。

2  責任原因

被告は、本件車両を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)三条により損害賠償責任を負う。

3  身分関係及び遺産分割協議の成立

(一) 原告浦啓一(以下、原告啓一という)、原告浦美智子(以下、原告美智子という)、原告浦久造(以下、原告久造という)は、それぞれ亡尚子の父、継母、祖父であり、訴外釜達子(以下、訴外達子という)は亡尚子の実母である。

(二) 原告啓一と訴外達子は昭和四四年協議離婚し、親権者となつた原告啓一が亡尚子を養育していたが、昭和四五年原告美智子と再婚し、本件事故時まで夫婦で亡尚子を養育してきた。

(三) 昭和五六年一二月四日、原告啓一と訴外達子との間において、本件事故により生じた損害賠償請求権につき、次のとおり遺産分割協議が成立した。

(1) 自動車損害賠償責任保険金(以下、自賠責保険金という)のうち、遺族固有の慰藉料としての金四五〇万円については両名が二分の一ずつ取得する。

(2) 自賠責保険金のうち、亡尚子本人の慰藉料及び逸失利益については、訴外達子が金三〇〇万円を取得し、原告啓一がその余を取得する。

(3) 加害者に対する亡尚子の未てん補損害賠償請求権については、訴外達子は一切相続権を放棄し、原告啓一がすべて取得する。

4  損害

(一) 治療関係費(原告啓一の負担)

(1) 入院費 金三一万八〇二〇円

(2) 付添看護料 金六〇〇〇円

(3) 文書料 金一三〇〇円

(4) 諸雑費 金一二〇〇円

(二) 葬儀費 金九〇万円(原告啓一の負担)

(三) 逸失利益 金五四七三万一一八五円

(1) 亡尚子は、昭和五六年四月一日、東京学芸大学に入学し、本件事故当時、同大学幼稚園教育教員養成課程(幼稚園教育)に在籍しており、在学中に東京都の教職員採用試験を受験し、卒業後は都立の小学校・幼稚園(前者を優先志望)ないしは関東近県の公立の小学校・幼稚園の教職員の道へ進むことを志していたものであるが、同大学の教育水準の高さ、教職員への進路状況、本人の真摯な志・取組姿勢等に照らし、右のような将来の展望については、高度の現実性・蓋然性を認めることができる。

(2) ところで、東京都の場合、都立の幼稚園ないし小学校・中学校に勤務する教職員の昭和五五年度及び五六年度における平均給与所得は、月額金二六万九四一〇円及び金二八万六二一二円であり、年間賞与は四・九か月分である。なお、給与体系に男女格差は存しない。

そこで、昭和五六年度から昭和五七年度までの賃金上昇率を少なくとも五パーセントとみて、生活費を三五パーセント控除し、二二歳から六〇歳までの逸失利益の現価を算定すると、次のとおり金四五八一万二三〇七円となる。

286,212×(12+4.9)×1.05×(1-0.35)×(17.4232-3.5459)=45,812,307

(3) 他方、東京都の教職員退職金規程では、勤続三八年(二二歳から退職年齢六〇歳まで)の者が退職時に得る退職金は、少なくとも金二八〇〇万円(三八年勤続者の最低レベルの本俸月額金三五万円に条例による乗率八〇倍を乗じた金額)であるから、その現価を算定すると、次のとおり金三六〇万六四〇〇円となる。

28,000,000×0.1288=3,606,400

(4) 次に、東京都の教職員共済年金規程では、勤続三八年の者が退職時以降死亡時までに得る年金給付額は、年額にして金二八一万四〇〇〇円(三八年勤続者の最低レベルの本俸年額金四二〇万円に〇・六七を乗じた金額)を下ることはない。

そこで、得べかりし共済年金の現価を算定すると、次のとおり金一八七万七五〇〇円となる。

2,814,000×(19.5964-18.9292)=1,877,500

(5) さらに、亡尚子が六〇歳で定年退職した後六七歳までの稼働期間に得べかりし逸失利益(退職後の専業家事労働相当分)につき、昭和五六年賃金センサス産業計・企業規模計・大卒女子労働者の全年齢平均賃金二六八万四四〇〇円を基礎とし、昭和五六年度から昭和五七年度までの賃金上昇率五パーセントを加味し、家事労働分金六〇万円を加算し、生活費を三五パーセント控除し、その現価を算定すると、次のとおり金一六五万六五七七円となる。

(2,684,400×1.05+600,000)×(1-0.35)×(18.1687-17.4232)=1,656,577

(6) 最後に、将来の賃金上昇等を考慮し、昭和五八年度以降八年間の限度で中間利息控除率を四パーセントとすると、前記(2)の逸失利益は、金一七七万八四〇一円(ただし、月額金二六万九四一〇円を基礎に算定)増加するので、これを加算することにする。

(7) 以上の(2)ないし(6)の金額を合計すると、金五四七三万一一八五円となる。

(四) 慰藉料 合計金一五〇〇万円

本件事故は、歩行者や自転車通行者にとつて聖域ともいうべき横断歩道上の事故であり、亡尚子の真摯な将来の志望状況が本件事故により無残にも打ち砕かれたこと等諸般の事情を斟酌すれば、慰藉料は総額で金一八〇〇万円が相当であるが、本訴においては次のとおり、合計金一五〇〇万円を請求する。

(1) 亡尚子ないし相続人である原告啓一及び訴外達子分 合計金一二〇〇万円

(2) 原告美智子 金二〇〇万円

原告美智子は、原告啓一と婚姻後、亡尚子を実子同様に愛育してきたものであり、本件事故により亡尚子を失つた無念さは例えようがない。

(4) 原告久造分 金一〇〇万円

原告久造は、孫の亡尚子に格別の愛情を注いできたものであり、本件事故により亡尚子を失つた悲しみは測り知れない。

(五) 弁護士費用 金三〇〇万円(原告啓一の負担)

(六) 損害額の合計

前記遺産分割協議に基づき、逸失利益及び慰藉料額の配分を行うと、以上(一)ないし(五)のうち、原告啓一が金六五七〇万七七〇五円、訴外達子が金五二五万円、原告美智子が金二〇〇万円、原告久造が金一〇〇万円の請求権を有することになる。

(七) 損害のてん補

(1) 自賠責保険金 合計金一九三一万七〇〇〇円

原告啓一が金一四〇六万七〇〇〇円、訴外達子が金五二五万円を取得した。

(2) 被告の弁済 金一〇一万八〇二〇円

原告啓一が被告から支払を受けた。

(八) 請求額

前記(六)の金額から(七)の金額を控除すると、原告啓一が金五〇六二万二六八五円、原告美智子が金二〇〇万円、原告久造が金一〇〇万円となる。

5  よつて、被告に対し、原告啓一は金五〇六二万二六八五円及び弁護士費用を除く内金四七六二万二六八五円に対する亡尚子の死亡日の翌日である昭和五六年九月七日から、弁護士費用金三〇〇万円に対する訴状送達日の翌日である同年一二月一七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告美智子は金二〇〇万円、原告久造は金一〇〇万円及び右各金員に対する前記昭和五六年九月七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)ないし(三)の事実は知らない。

4  同4のうち、入院費金三一万八〇二〇円、付添看護料金六〇〇〇円、文書料金一三〇〇円、諸雑費金一二〇〇円が損害となること、自賠責保険金一九三一万七〇〇〇円及び被告の弁済金一〇一万八〇二〇円が支払われたことはいずれも認めるが、その余の事実は不知ないし争う。

三  被告の主張

1  遺産分割協議について

仮に請求の原因3(三)の合意が原告啓一と訴外達子の間に成立したとしても、その有効性については疑問があるし、また、可分債権の共同相続は相続発生と同時に法律上相続分に応じて分割されるから、右合意は債権譲渡を包含するといわざるを得ない。しかるに、右譲渡につき譲渡人から債務者への通知又は債務者の承認がなされた事実は全くないので、原告啓一は被告に対し、右譲受にかかる債権を行使することはできない。

2  逸失利益の算定について

亡尚子が将来、原告ら主張のような就職をし、主張のような収入をあげ得たかも知れない可能性を否定するものではないが、それをもつて直ちに逸失利益算定の基礎となるべき確実性ないし合理的な蓋然性があるとはいえない。

すなわち、東京学芸大学が教員養成分野で伝統を誇つているとしても、亡尚子が卒業する予定の三年後の特定人の試験合格、採用等につき、高度の蓋然性をもつて推認することは困難であろう。また、仮に亡尚子が教職につき得たとしても、幼稚園課程を専攻中の同女は幼稚園教諭となつた可能性が比較的高いとみるべきところ、その退職年齢は一般に極めて低い。さらに、私立幼稚園の給与水準は一般に公立のそれより低く、上下の格差が甚だ大きいことも周知の事実である。

以上のとおり、多くの不確定要素があるので、原告らの主張は失当である。

3  過失相殺の主張(抗弁)

本件事故現場は交通整理の行われていない交差点にある横断歩道上であるが、亡尚子は同所を歩行もしくは自転車を押して歩いていたのではなく、自転車に乗つて通行中であつて、しかも、多少でも前方ないし右方を注意していれば本件車両を容易に発見できたはずであるのに、これをせず、同車の直前を横断したものであるから、若干の過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否

過失相殺の主張は争う。亡尚子には、本件事故につき過失相殺の対象となるような落度は全くない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

従つて、被告は自賠法三条により、本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。

二  成立に争いのない甲第四号証、第九号証、第一六号証、第二五号証、原告啓一本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証、第八号証並びに同尋問結果によれば、原告啓一、原告美智子、原告久造は、それぞれ亡尚子の父、継母、祖父であり、訴外達子は亡尚子の実母であること、原告啓一と訴外達子は昭和四四年協議離婚し、親権者となつた原告啓一が亡尚子を養育していたが、昭和四五年原告美智子と再婚し本件事故時まで夫婦で亡尚子を養育してきたこと、昭和五六年一二月四日、原告啓一と訴外達子との間において、本件事故により生じた損害賠償請求権につき、請求の原因3(三)記載の遺産分割協議が成立したことがそれぞれ認められ、他にこれに反する証拠はない。

被告は、右遺産分割協議の有効性については疑問がある旨主張するが、無効原因となる事実を認めるに足りる証拠はない。また、成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし三によれば、訴外達子の代理人から被告に対し、右遺産分割協議の成立した事実及びその内容が昭和五七年二月一八日付内容証明郵便で通知され、これが翌日被告に到達したことが認められるので、債権譲渡の通知に関する被告の主張も理由がない。

そうすると、原告美智子及び原告久造固有の慰藉料請求権はさておき、本件事故により生じた損害賠償請求権については、訴外達子が金五二五万円の請求権を有するほかは、すべて原告啓一が取得したことになる。

三  過失相殺の抗弁について判断する。

成立に争いのない甲第一一号証、第一二号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証の一ないし九、第一七号証ないし第二〇号証によれば、本件事故現場は、幅員一三メートル、片側二車線の新青梅街道と幅員五・八メートルの市道とが交差する信号機の設置されていないT字路交差点の市道側の横断歩道上であること、訴外池田は、本件車両を運転し、福生方面から東村山方面に向けて新青梅街道を進行し、右交差点において市道の方へ右折しようとした際、東村山方面からの対向車を発見し、対向車が来る前に右折してしまおうとして対向車に気を奪われ、右折方向に対する注視を怠つたまま時速約三〇キロメートルで右折を開始したため、折から前記横断歩道を自転車に乗つて通行中の亡尚子を発見するのが遅れ、発見後急制動の措置をとつたが間に合わず、衝突したものであること、訴外池田から右横断歩道方向の見通しは良好であつたことがそれぞれ認められ、他にこれに反する証拠はない。

以上の事実に照らすと、本件事故は、前記交差点で右折するに際し、十分減速することもなく、対向車に気を奪われて右折方向に対する注視を怠つた訴外池田の一方的過失によつて発生したものというべきであつて、本件事故の発生について亡尚子に落度があつたことを認めるに足りる証拠はない。

従つて、被告の過失相殺の主張は理由がない。

四  そこで、損害について判断する。

1  入院費金三一万八〇二〇円、付添看護料金六〇〇〇円、文書料金一三〇〇円、諸雑費金一二〇〇円が損害となることは当事者間に争いがない。

2  葬儀費用

原告啓一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡尚子の葬儀費用として金一〇〇万円余を要したことが認められるところ、そのうち本件事故と相当因果関係のある損害は金七〇万円と認めることができる。

3  逸失利益

(一)  成立に争いのない甲第五号証、第六号証の一、二、原告啓一本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二八号証の一ないし三、同尋問結果及び弁論の全趣旨によれば、亡尚子は、武蔵村山東高等学校の二年、三年時の成績は学年トツプであり、昭和五六年四月一日東京学芸大学に現役で入学し、本件事故当時一八歳で、同大学幼稚園教育教員養成課程(幼稚園教育)に一年生として在籍しており、在学中に東京都の教職員採用試験を受験し、卒業後は生涯の仕事として、都立の小学校・幼稚園(前者を優先志望)ないしは関東近県の公立の小学校・幼稚園の教職員の道へ進むことを志していたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

(二)  ところで、調査嘱託の結果(甲第二九号証と同じ)によれば、東京学芸大学幼稚園教育教員養成課程を履修すれば、幼稚園教諭普通免許状を取得できるが、右課程の学生のほとんどが初等教育教員養成課程の科目の一部を履修し、小学校教諭普通免許状を取得しており、その場合、幼稚園教員及び小学校教員採用試験の受験資格があること、幼稚園教育教員養成課程の昭和五五年から五七年の卒業者の就職状況は別紙のとおりであるが、そのうち教員採用試験を全く受験しなかつた者を除いた実数は、昭和五五年が二五名、五六年が二六名、五七年が二一名(三か年合計七二名)であることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

そこで検討するに、別紙記載の就職状況によれば、国立及び都立の小学校・幼稚園(養護学校一名を含む)に就職した者は三か年合計二九名であり、右七二名の約四〇パーセントであるが、地方の公立小学校・幼稚園に就職した者八名を加えると、三か年合計三七名となり、右七二名の約五一パーセントとなり、その他に私立の小学校・幼稚園に就職した者一九名を加えると三か年合計五六名となり、右七二名の約七八パーセント(以上、いずれも小数点以下四捨五入)となる。

右事実及び前記(一)の事実に照らすと、亡尚子の将来の蓋然性については、国立及び都立の小学校・幼稚園の教職員として就職することまでの認定はできないが、地方公立や私立も含めた小学校・幼稚園の教職員として就職することは認められるというべきである。

(三)  次に、成立に争いのない甲第三〇号証の一ないし七、第三一号証の一ないし六、第三二号証の一ないし一一、第三三号証の一ないし一一及び弁論の全趣旨によれば、公立の小学校・中学校等の教員職員の平均給与は、昭和五七年四月において、東京都が月額金二八万六二一二円、神奈川県が月額金二五万二八八九円、埼玉県が月額金二三万九一七二円ないし二三万九三一二円、千葉県が月額金二二万五五七三円であること、年間賞与は四・九か月分であり、給与体系に男女格差は存しないことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

なお、私立の小学校・幼稚園の教職員の平均給与については資料は存しないが、公立の小学校・中学校の教職員のそれを下回る場合があることも経験則上推認し得るところである。

(四)  以上によれば、本件の場合、亡尚子の逸失利益の算定の基礎となる収入について、原告ら主張の都立の小学校・中学校等の教職員の平均給与である月額金二八万六二一二円をそのまま採用することはできないが、他方、前記(一)、(二)の個別事情を考慮して、少なくとも前記(三)の中の月額金二二万五五七三円の収入を得られるものとして算定することとし、都立の小学校・中学校等の教職員となる可能性も相当程度あること等の事情は、慰藉料の斟酌事由の一つとするのが相当である。

そこで、月額金二二万五五七三円を基礎とし、生活費として五〇パーセントを控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡尚子の稼働可能な二二歳から六七歳までの逸失利益の現価を算定すると、次のとおり合計金二七八七万二三九四円(円未満切捨)となる。

225,573×(12+4.9)=3,812,183

3,812,183×(1-0.5)×(18.1687-3.5459)=27,872,394

右認定金額を上回る給与所得の損害については、立証が十分とはいえない。

(五) 原告らは、東京都教職員の退職金規程及び共済年金規程に基づき、亡尚子の六〇歳時の退職金及びそれ以降の共済年金の現価を逸失利益として請求するが、前記判示のとおり、本件の場合、東京都の教職員となることの証明が十分ではなく、主張の前提事実を欠くから、請求は理由がない。

(六) 原告らは、昭和五六年度から昭和五七年度までの賃金上昇率は少なくとも五パーセントはあるからこれを考慮すべきである旨、また、将来の賃金上昇を考慮し、昭和五八年度以降八年間の限度で中間利息を四パーセントとして計算すべきである旨主張している。

しかし、前記のとおり、逸失利益の基礎とした月額二二万五五七三円は昭和五七年四月の平均給与であるし、将来の賃金上昇についても、原告らは単に主張するのみで何らの資料も提出しておらず、逸失利益の算定に関して考慮することはできない。

4  慰藉料

本件事故の態様、亡尚子の年齢、地位、同人と原告らの生活関係、前記3(四)判示の事由、その他諸般の事情を考慮すると、同人の死亡に対する慰藉料は、亡尚子本人分(相続人である原告啓一及び訴外達子分となる)金一二〇〇万円、原告美智子分金二〇〇万円と認めるのが相当である。

なお、原告啓一本人尋問の結果によれば、原告久造が上京して亡尚子の面倒を見てくれたことがあり、また亡尚子が夏休みに毎年原告久造のところに遊びに行つていたこともあるとの事実が認められるけれども、昭和四五年以来本件事故時まで亡尚子を養育してきた原告美智子の場合とは異なり、原告久造には、民法七一一条を類推適用して固有の慰藉料を肯定すべき事由を認めるに足りる十分な証拠はないといわざるを得ない。

5  損害のてん補

自賠責保険金一九三一万七〇〇〇円が支払われたことは当事者間に争いがなく、これについては前記認定のとおり遺産分割協議が成立しているので、原告啓一が金一四〇六万七〇〇〇円、訴外達子が金五二五万円を取得したことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

また、被告から原告啓一に対し金一〇一万八〇二〇円が支払われたことは当事者間に争いがない。

そこで、前記1ないし4の金額から右金額を控除すると、原告啓一が金二〇五六万三八九四円、原告美智子が金二〇〇万円となる。

6  弁護士費用

原告啓一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告が任意に損害賠償に応じないので、原告ら訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任し、原告啓一が手数料及び謝金を支払う約束をしたことが認められるところ、本件事案の内容、難易、審理の経過、請求額、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、金一五〇万円と認めることができる。

五  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告啓一が合計金二二〇六万三八九四円及び弁護士費用を除く内金二〇五六万三八九四円に対する事故後で亡尚子の死亡日の翌日である昭和五六年九月七日から、弁護士費用金一五〇万円に対する訴状送達日の翌日であることが訴訟手続上明らかな同年一二月一七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告美智子が金二〇〇万円及びこれに対する前記昭和五六年九月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるから認容し、原告啓一のその余の請求及び原告久造の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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〈省略〉

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